「どの製品にも、完璧に詰めるべきところがある。多くのロボット会社が失敗するのは、そこです」。ネスト・ラボ社技術担当副社長のヨーキー・マツオカ氏インタビュー その<2>

シリコンバレーのネスト・ラボ社は、AI(人工知能)を備えたサーモスタットや煙探知機を開発する注目企業。同社は今年、32億ドルでグーグルに買収された。

ネスト社のサーモスタットは、ユーザーの生活パターンや温度設定の癖を理解して、ユーザーに合った室温を自動的に設定しながら、省エネも行うという優れものだ。

そんなインテリジェントな製品の背後にいるのが、ヨーキー・マツオカ氏だ。日本で生まれた女性のロボット研究者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)やカーネギー・メロン大学、ワシントン大学で研究を重ね、2007年には「天才賞」として知られるマッカーサー・フェローにも選ばれている。

ロボット技術は、今後どんな分野に応用されるのか。ロボット研究者としてユニークなキャリアを歩んできたマツオカ氏には、それが見えているに違いない。これまでの道のり、そしてロボットの未来についての見解を聞いた。その<1>から続く。

ヨーキー・マツオカ(松岡陽子)氏は、日本生まれ。16歳でアメリカに渡った。カリフォルニア大学バークレー校を経て、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。その後、カーネギー・メロン大学で助教授、ワシントン大学で準教授を務めた後、2010年にネスト・ラボ社へ。グーグルXの創設にも関わった。(写真はEmTech 2014での講演の様子)

ヨーキー・マツオカ(松岡陽子)氏は、日本生まれ。16歳でアメリカに渡った。カリフォルニア大学バークレー校を経て、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。その後、カーネギー・メロン大学で助教授、ワシントン大学で準教授を務めた後、2010年にネスト・ラボ社へ。グーグルXの創設にも関わった。(写真は、9月に開催されたMIT ReviewのEmTech 2014での講演の様子)

 

Q. もともとネスト社には、どんなきっかけで関わるようになったのでしょうか。

A. ネスト社の共同創業者のひとり、マット・ロジャーズ(註:元アップルでiPodのソフトウェアを開発)は、カーネギー・メロン大学時代の教え子です。ある日ばったり彼に会い、ランチを食べた。そこで聞いたのが、「HVAC(暖房喚起空調管理システム)」を開発しているという話です。HVACとは、壁の裏側の埃っぽい設備のことかと思っていたのですが、もう1人の創業者であるトニー・ファデル(註:アップルで18世代にわたるiPodの開発を主導)にも話を聞き、どんなものかを思い描くうちに、「これは、今までやりたいと考えていたことを世に出す、乗り物となるようなデバイスだ」と感じたのです。

Q. すでにAI機能の統合が計画されていたのですか。

A. 通常のソフトウェアを超えるものが必要だとは考えていたようですが、学習機能そのものはなかった。まだ創業の本当に初歩の段階だったこともあるでしょう。しかし、サーモスタットは他にも多数の製品がでていますから、それを正しく作ることがキーになります。ベンチャー・キャピタリストから資金調達する際も、ネストが成功すればどんなことが起こるのか、彼ら自身に考えてもらうように仕向けました。ネストが受け入れられれば、インターネットにつながったモノ(IoT)の世界がそこから広がっていくのです。

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「ネスト・サーモスタット」(右)と煙探知機の「ネスト・プロテクト」(左)。プロテクトは、もし誤作動すると手を振ることで警報を停止。また、各部屋に設置されていれば、どこで発煙しているのかも音声で伝える。

 

Q. ネスト社は、サーモスタットの後に煙探知機も発売し、大きな評判を呼んでいます。しかし、ロボット研究者としては、アームやハンドのあるメカニカルなロボットが懐かしくありませんか。

A. それは懐かしい。いつかはわかりませんが、いずれその世界に戻ることがあるかもしれません。

Q. 今のロボット業界の中では、どんなことに関心がありますか。

A. 私は研究者出身でありながら、現在は消費者向け製品を作るシリコンバレー企業にどっぷりと身を浸しています。その視点から見ると、ロボット技術は、消費者市場に出てくるのにはまだ未熟です。それでも、いくつか市場化への準備が整っている分野が、ところどころで存在している。ひとつはドローン、もうひとつは自走車でしょう。金属でできた機械が、どこにぶつかることもなく自律的に飛行したり走行したりするとは驚きですが、すでにそれが可能になっています。また、IoTもセンサーやマルチ・エージェント機能を備え、独自にコミュニケートしてモノの世界を作ろうとしている。その一方、人間のかたちをしたロボットが市場化するにはまだまだ時間がかかります。こうした環境の中で、AIと機械学習機能、そしてある種のロボット技術も備えていて、製品化できる分野は何だろうと考えるのです。人々の生活が制約されているために、そこに登場すると大いに活躍するというのは何だろう、と。手足を持つロボットとはかたちが異なるかもしれませんが、そうした分野を探し続けています。

Q. 研究者の時代に手がけられていた、身体障害者に役立つロボットはどうですか。

かつての研究から。家庭で使えるリハビリ・ロボット

かつての研究から。家庭で使えるリハビリ・ロボット

A. その分野は今でも困難です。また、現在は別の意味でも難しい。単純に言うと、利用者人口が十分でないため、製品を安く作ることができないのです。また、価格が高いと保険会社もカバーしてくれません。そんな悪循環に陥っている分野と言えます。こうした技術が前進するには、他の分野の進歩を待つしかありません。たとえば、バッテリーのサイズやコストの問題は、携帯電話の広がりによってかなり解決されてきました。Wifi接続は、IoTが担っています。家庭へのIoT製品の浸透は、ネストのような製品が先駆けとなっている。ニッチな分野は、こうした他の分野での技術の受容が進まないと実現されません。これは、グーグルX時代にも痛感したことです。

Q. グーグルXは、グーグルの中でも未来的な研究開発をする部門ですが、その創業メンバーでしたね。

A. グーグルXのスタートに関わったのは、3人でした。そのうちの1人はラリー(・ページ)(現在はセルゲイ・ブリンが担当)です。彼は非常な知性の持ち主で、10年後の技術の方向性をどこへ向けるべきかを探っていた。そして、優れた研究はされているのに、それがうまく実用化されていない分野を特定しようとしていたのです。私はいわばファシリテーターとして、どんな分野がふさわしいのか、どんな研究者がいるのか、市場のサイズはどのくらいかといったことを調べていました。当時は、自走車開発がすでに始まっていましたが、後にグーグル・グラスとなるウェアラブルは、われわれが始めたものです。この分野のリーダーは誰か、ディスプレイのサイズはどのくらいであるべきか、入力やインタラクションはどうするのか、といったことを議論しました。グーグルXに在籍したのは約1年で、その後ネストに移りました。

Q. 障害者用ロボットの話題に戻りますが、研究者時代に手がけられていた、脳信号を利用してロボット・アームを動かすという研究が、アメリカでもいくつか成功していますね。

A. それでも、これはまだ難しい研究です。というのは、何度繰り返してもいつも同じ結果が出るという状態ではないからです。また、正確に脳信号を認識しようとすれば、脳の中にチップを埋め込むしかありませんが、その傷口から病気が伝染するリスクも高い。さらに、腕が動かない人は脳に外傷を負っているなど、複雑な要素も多いのです。

Q. 日本ではペッパー、アメリカではジーボなど、家庭用ロボットが出てきました。この分野はこれから盛り上がると思いますか。

A. 家庭用ロボットのアイデアは新しいものではありません。本当に使えるものにできるかという、最後の詰めが成功を左右する分野でしょう。たとえば、アイヴィー(IVEE)という時計型ロボットがあります。AI が搭載されていて、シリ(Siri)のような音声認識機能もある。家に帰ってくると挨拶もしてくれるのですが、問題はすぐに飽きてしまうことです。家庭用ロボットも、こちらが言っていることが理解できなかったりすると、使い物にならない。その意味では、非常にリスクが高い。アップル風にパーフェクションを追求する企業にいるためでしょう、どの製品にもここを完璧に詰めなければならないという「秘密のレシピ」があると叩き込まれています。多くのロボット会社が失敗するのもそこです。

Q. 最近は、ロボットが人間の職を奪うといった議論がよく聞かれます。以前からロボットと人を「Yin-Yang(陰陽)」の関係で論じられてきましたが、それは今でも変わりませんか。

A. すべてが陰陽の関係ではなく、たとえば自動車工場で使われるような産業ロボットは、まったく違ったケースです。けれども、手術ロボットのように個々の手術例が異なり、人の判断力が必要とされるような分野では、ロボットと人は陰陽のように補い合う関係であるべきです。つまり、人は得意ではないけれどもロボットが得意な部分はロボットに任せ、逆に人は得意だけれどもロボットにはできないという部分は人がやる。人もロボットも両方が得意ならば、それでも人がコントロールすべきかを、さらに考えることが必要です。

Q.   ロボットが人と一体化することによって、人は生物的な限界を超えるという「シンギュラリティー」という考え方についてはどう思いますか。

A. その通りだと思います。人間の意識や経験を人工的な記憶回路に保存することは、身体的な自分を保持して老化を防ぐことよりも、ずっと簡単なことだと思います。こんなことを言うとよく驚かれますけれども、ね。これが実現するのはもちろん、何10年も何100年も先のことです。

Q. 日本のロボットについては、どう見ていますか。

A. アザラシのかたちをした癒しロボット、パロは、日本がうまくやれることのひとつを実現したものだと思います。触れると話し出して可愛く、丈夫で壊れず、使いでのあるロボットです。インターフェイスが優れていて、この手の日本流の技術の統合方法は、可能性がたくさんあると思います。また、グーグルに買収されたシャフトは、センサー技術が優れていました。

Q. 5〜10年後のロボット市場はどうなっていると思いますか。

Robot - yoky_matsuoka_3A. ロボットが市場に出てくるには、予想以上に長い時間がかかるものです。ヒューマノイド・ロボットはまだ売られていないでしょうけれど、ちょっとしたモーターがついた簡単な家庭用ロボットや、自走車、ドローンなどは身の回りに増えているはずです。また、医療分野では、手術ロボットだけでなく、診断ができるロボット技術も出てくる。たとえば、グーグル傘下のカリコ社のように、動きを感知してデータを集め、診断に利用するといったことも可能になる。また、家事ロボットはまだいないかもしれませんが、皿洗い機がぐんとインテリジェント化しているでしょう。ロボットということばから想像するかたちとは違っていますが、そうしたものに囲まれて生活しているはずです。

Q. 最後に、ロボット開発者、そしてロボットを研究している学生へのアドバイスを下さい。

A. ロボットは、とてつもなく幅広い領域に関わるものです。しかし、もしすべてにおいて専門家になろうとすると、どのひとつの領域もマスターできないで終わってしまう危険があります。もちろん、ロボティクスにまつわる多くの側面について議論ができるようになることは重要ですが、ともかくどれかひとつの領域で、誰もが意見を求めに来るような秀でた研究者となること。それがとても大切です。

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